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大人の女三人がぐだぐだ

6.お正月を、写そ! in トルコ


2013年6月、のりおとペンションをはじめた時。どうしても犬が飼いたいというわしのためにのりおがもらってきてくれた犬、モグワイ。

モグワイの息子チャッキーを飼うことを決めたのは、のりお。



訳あって日本に帰国し、大事な大事な犬たちの面倒ができず、悲しく、やるせなく、申し訳ない気持ちで過ごしてきた6年間。会ったら思いっきりなでなでしておいしいものを食べさせてあげようとずっと考えていた。セルチュクに着いたその日に、どうしてもモグワイとチャッキーに会いたい。2匹のいる山に向かう。

Covid-19は、世界の例にもれずトルコの観光業も破壊した。我々はもうペンション業どころではなくなり、4年前からのりおは牛のブリーダーとして山間の小さな牧場で働いている。


なんか下に光ってるものが・・・

オリーブの木々に囲まれた、大自然の中にある牧場に着いた。



生命の誕生の瞬間。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。

元気・やる気・勇気に加えて腕っぷしの強いのりおには、ぴったりの仕事かもしれない。


ここにモグワイとチャッキーがいる。2匹はどんな反応をするだろうか。わしのことを覚えているだろうか。わくわくと不安が入り混じる。


世界一汚くてかわいいわしの犬たち


近寄ってくるモグワイ!なでなですると、ちぎれそうなほどその短いしっぽを振って、気位の高いあのモグワイがおなかを見せて寝転がった。ごめんね、ごめんね。何度も謝る。天使のような性格のチャッキー、ずっとわしの手をなめ続ける。わしの犬たち、ごめんね、ごめんね、ありがとう。

大自然の中、どろんこになりながらのびのびと遊ばせてもらっている2匹。常にのりおの顔を見て、特にチャッキーはまるでSPのようにのりおの足元から離れない。のりおがいかに2匹を大事に育ててくれていたかがわかる。のりおにも、ありがとう。


翌日の昼。
隣町のレストランで食事をしていると、同じく牧場で働く友人からのりおのケータイに1枚の写真が送られてきた。

車の助手席にモグワイが乗せられている。
わし「何?モグワイどうしたの!?どこに連れてくの。」
のりお「セルチュクの近くを歩いていたから捕まえて車に乗せたらしい。4年間、牧場から出たこともなかったのに。」


モグワイは、10キロ以上もの道のりを、わしを探してセルチュクに戻っていた。
彼女は、とてもとても頭のいい子で、我々のペンションから丘の上の我が家までにおいを頼りにやってきたこともあった。

我々が去ったあと何年も、わしの影を思い続けて、待っていたのだ。


かわいいかわいいモグワイ2か月

もらってきたときのモグワイ。生後2か月。


がんばったねモグワイ

2回のお産を立派に成し遂げたモグワイ。


鼻が梅干しできゃーわゆい!

純白の貴公子チャッキー。


いつも道路端でひなたぼっこ

あかんぼハタにぐいぐいされても絶対に怒らないモグワイ。


死ぬまで大事にすると誓って飼いはじめたのに。

自分を恨んだ。


のりお「まむし泣くな。モグワイはもう11歳だし手術してある。でもチャッキーはまだ9歳。お嫁さんをもらって赤ちゃんを産ませよう。彼らの血をつなぐんだ。」

強さと繊細さとノーテンキさが絶妙に混在する、のりおは、そういう人だ。

だから結婚したことを、思い出した。


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5.お正月を、写そ! in トルコ ~祈り~


何かをぼーっと考えているのりお。
「どしたの?何考えてんの?」
泣きそうな声でのりおが言う。
「毎朝、アッラーに祈る。今日こそまむしとハタに会いたい。夜になりその夢が叶わず寝る。次の日の朝もまた祈る、また一人で寝る、何年もそれを繰り返してきた。今オレは夢の中にいるのか?」

滞在中毎日のようにそう言っていたのりお。
だいじょうぶよ、6日間しかいないから、そんなに喜んでもらえるならまた数年後にサプライズしたげる。


スィミットは丸いまま持って食べたい

町を歩くとセルチュク中の大歓迎を受ける我々。「イェンゲ(=姐さんみたいな意味)、おかえり!」「のりお、よかったなーーーー!」親指を立てる商店の人たち。道行く人々に声をかけられニヤニヤするのりお。ハタはありとあらゆる知り合いにもみくちゃにされている。わしらの帰省はセルチュク新聞に載ったに違いない。
わしとのツーショット写真を撮ってはtiktokにアップするのりお。「嫁と息子は日本へ帰った。もう2度とトルコには戻ってこない。のりおは終わった。」心無い傍観者たちからそう言われ続けたのりお。今は、思う存分、しあわせを見せびらかせばよい。



ババアンネ(おばあちゃん)に会いに行く。
アパートの2階、玄関ドアを開けると、我々を見るなり涙するアンネ、「まむし!会いたかった!!ハタ!会いたかった!!ありがとう!ありがとう!アッラー!!!」
ぽにょんぽにょんの体で、泣きながら我々をハグするアンネ。
「ハタ!私のハンサムくん!大きくなったね!まむしはなんでこんなにかわいいの!!??」アンネはもうあんまり目が見えていない。
のりお「アンネ、二人は6日後にはまた日本に戻るんだって。」
アンネまた泣き崩れる。「なんでまた帰っちゃうのーーー!!!あたしも日本へ連れてっとくれー!もういやだこんなとこ!!いいことなんもない!!」


スライムのもとは持ってませんでした

言うことがなかなかパンクなアンネ、72才。
何度も何度もハグしてチューをし、何度も何度もアッラーに感謝の言葉を述べていた。


「ババアンネには毎日会いに行こう。」そうしようと思っていたことをハタに言われる。
会いに行くたびに新鮮に喜んでくれるアンネ。
ボレキ(トルコのパン)やピデ(トルコのピザ)を買っていく。のりお兄やその息子も交えて、おしゃべりしながらティータイム。
しかしなぜかアンネは食べない。その次の日も、そのまた次の日も、食べない。
アンネも食べなよ、と言っても「みんながお食べ。あとで食べるから。」愛おしくてたまらないハタを、ずっと抱っこしている。

帰り道。
わし「アンネ、今日も何も食べなかったね。具合悪いの?」
のりお「絶食してるんだよ。」
わし「なんで!?今ラマダン(トルコの絶食月)じゃないでしょ。なんで絶食してんの?年も年だし、持病だってある。」
のりお「まむしとハタに会えたからだよ。アンネも6年間毎日アッラーに祈ってきた。それが叶ったから、10日間の絶食。」

アンネは、アッラーへの祈りが届いたことへの対価として、我々が来た次の日から、日の出から日没まで、水すら一滴も口にしない絶食をしていたのだった。


この国に嫁ぎ、この国の神を知り、夫の家族の愛を知って、人とはどういうものか、どうあるべきか、考えさせられる。
アンネのアパートを毎日訪れるたった6日のこのトルコ滞在が、この上なく貴重なものに感じた。


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4.お正月を、写そ! in トルコ



イズミルの空港から我が町セルチュクへと車を走らせる。2012年に初めて訪れて以来100回以上は通った道、ナビなどいらない。当時は当たり前だった景色、壮大な自然がなつかしい。


40分ほどで、セルチュクのシンボル、アヤソルク要塞が見えてきた。またこれを見るときはきっと目から汗が出ている、日本にいるときはそう思っていたけれど、実際には、住んでいたころの気持ちに限りなく自然に戻って、出てきたのは涙ではなく、ただいまという感情だった。


この写真を撮ったときはまだ独身でした

日本の我が家を出て28時間後、セルチュクに到着した。
トルコ国旗がはためく、セルチュク役場の前に車を停める。11年前、我々が結婚記者会見をした場所。


テレビ局は来ませんでした
2014年8月6日我々のアトミックマリッジ

イボさん(のりおの親友、のちほど登場予定。)が証人としてサインをしてくれました。証人もう一人いましたが、誰か忘れました。まむたんが来ているワンピースは選びに選び抜いた当時の一張羅です。ディーゼルのアウトレットで500円でした。おなかの中のハタは、もうハタという名前に決まっていて、ババ(のりおの父)は「私の娘よ、体調はいいか?」とたいそう気遣ってくれていたっけ。


いろんな事を思い出しながら、のりおに電話します。
「もしもし?のりお?今どこにいんの?あ、そう、街中ね。今わしここにいるんだけど。」
ケータイを裏返し、役所を見せる。

慌てふためいたのりお、「すぐに行く!!!どこにも行くなよ!!!!!」
待つこと30秒、ビュンビュン通る車たちを見もせず、大通りの向こうから両手を広げてこちらへ来るのりお。



「これは夢かーーーーっっっ!!!!!!!」

そう叫びながら泣きながら近づいてきました。



もう立派なおっさんだねのりお

バシャバシャ自撮りしてtiktokにあげまくりの、41歳になった夫のりおと、ドッキリ大成功で目がイッちゃってるわし。目がハートってこういうことを言うんですね。涙のあとの、うれしさとせつなさと気恥ずかしさが混ざったような、プレシャスな顔が見れて28時間の長旅の疲れもふっとんだよ。

2024年元旦、6年ぶりに家族3人が再会しました。





出発3日前のこと。

ハタ「ねえねえ、おかあさん、ババ(トルコ語でパパのこと)、おかあさんとハタに会ったらどっちに先にハグしてチューすると思う?」
まむ「そりゃあ、ハタだと思うよ。ババはハタのこと大大だーーーーい好きだからね。会いたくってたまらないっていつも言ってるもん。」
ハタ「オレは、おかあさんだと思うよ。ババには、おかあさんを先にだっこしてチューして欲しい。」


子どもって、その小さな体と頭で、実はいろんなことを考えながら、感じながら、生きているんだと思った。


予想が当たって、よかったね、ハタ。





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3.お正月を、写そ! in トルコ



国際線のビル、どこをどう探してもハタがいない。巨大スーツケース2個が乗ったカートもない。
ハタと別れてもう1時間半ほど経つ。歩けば歩くほど焦りは募り、もう自力では無理だと悟りセキュリティを探す。近くにいた空港職員の女性に「息子がいなくなったんだけど。」と告げると、オーケー、ちょっと待っててね、とそのエリアの主任ぽいセキュリティの男性を連れて来てくれた。

「おかあさん、落ち着いて。ここは空港です。防犯カメラが至るところにあって猫一匹が通っても見逃すことはない。息子さんはすぐに見つかるよ。9才ね、息子さんの写真を見せて。」
パウエル元国務長官似の男性が、これでもかというほど頼もしく見えて心配が少し薄らぐ。

子供が迷子になったくらいで、と思われるかもしれないが、ここはトルコ。ハタがあかんぼのときから常々、夫のりおに言われてきた。
「ハタと二人で出かけるときは絶対に迷子にさせないように。トルコでは年に何百人もの男の子が誘拐され近隣の中東諸国に男娼として売られる。アジア人とのハーフは特に人気がある。絶対にハタから目を離すな。」と。

パウエルに3時間前の写真を見せる。


さすがに疲れも出るわな


「Wow,Yakışıklı!=ハンサム!」

んなことゆうてる場合か!パウエルは自分のケータイでハタの画像を撮り、防犯カメラの管理棟に電話し写真を送った。その後も数名とやり取りした後パウエルが言ったことに耳を疑った。

「おそらく息子さんは国際線のビルにいる。いっしょに歩いて行きましょう。」





~ちょっと脱線・プチトルコ情報~
トルコ旅行をお考えの方にアドバイス。トルコ第三の都市イズミルの国際空港は「イズミル空港」ではなく「アドナン・メンデレス」と呼ばれます。近隣の町から空港行きの列車やバスの中でも「次は、アドナン・メンデレス・エアポート~~。」などとアナウンスされるので、あれ?イズミル空港じゃないよね?と余裕ぶっこいていると、乗り過ごします。乗り過ごして何駅か先であわてて降りてタクシーで空港に逆戻りした人、3人知ってます。イズミルに行かれる方お気をつけあそばせ。





?????一瞬頭がパニックになり、「ちょとまって、ここ国際線のビルじゃないの???」と聞くと、「ここは国内線の建物です。」

ハタを置いてきた国際線のビルまで戻らず、国内線のビルを必死にうろうろしていたのだ。わしのばか!ばか!!

そして10分ほど歩いた国際線のビルに、ハタはいた。
「おかあさん~、遅いよ~~。」
怒りもせず、泣きもせず、誘拐もされず、わしを待っていてくれたハタを、思いっきり抱きしめた。ごめん、ありがとう。

「おかあさん、子供から目を離しちゃだめだよ。ハタベイ(ベイ=ミスター)、えらかったね。レンタカー屋まで3人いっしょに行こう。また迷ったらいけないから。」
パウエルは笑ってそう言い、また国内線までいっしょに歩いてくれ、わしがレンタカー屋で手続きをしている間、ずっとハタを見ていてくれた。
もしうちのおかんがいっしょにいたら、ティッシュに1万円包んであげていただろう。


レンタカーaddCarの男性は非常に感じがよく、てきぱきと手続きを済ませてくれた。日本びいきのようで、日本語が書かれたTシャツを着ていた。「これ、なんて書いてあるの?」とTシャツの日本語を聞かれたので説明してあげた。
「Kyoto,benim hakkında yazacağım.て書いてあるよ。」
ええ、書かれたとおりに翻訳してあげたのですが、うれしそうな、でもよくわからないような、そんな顔をしていた。
外国で売られている日本語Tシャツなんてだいたいそんなもんです。
書かれていた言葉は、「京都。私について、書きます。」



我々の事情を知ってか知らずか、addCarの男性は「迷うといけないから。」と、カウンターを無人にして、スーツケースをのせた重いカートを押し車の場所までいっしょに行ってくれた。

空港に到着してから3時間後、ようやく車を受け取り、我が町セルチュクへ向かう。



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2.お正月を、写そ! in トルコ



さて、イズミルの空港に着き、無事スーツケースを受け取りほっと一安心(この空港でロスバゲ経験あり)、日本からオンラインで手配済みのレンタカー屋に向かいます。しかし探せど探せどわしが予約したaddCarのカウンターがない。違うレンタカー屋のおっちゃんに聞くと「国内線のビルだよ。」と教えてくれた。疲れきったハタとカートをそこへ残し「誰に何を言われても動くな」と指示、小走りでひとり国内線へ。遠い。寒がりで厚着のトルコ人に笑われても半袖でよかった、もう脇はじっとり濡れている。やっとのことで国内線到着。ない、addCarのカウンターがない。またもや違うレンタカー屋のおっちゃんに聞くと、
「こんな会社、ここにはない。聞いたことないよ。」





~ちょっと脱線・プチトルコ情報~
日本→イスタンブール→イズミル、と旅される方がいたら覚えておいてください。イスタンブールからイズミルまではもちろん国内線ですが、スーツケースは日本で預けたというシステム上国際線のバゲッジクレイムから出てきます。国内線のベルトコンベアーの前で待っていても出てきませんので、ひたすら歩いて国際線ターミナルまで移動してください。






体中の血の気がひいた。やさしいおっちゃんは青ざめたわしを見て「バウチャーに電話番号ある?かけたげるよ。」あぁ、やさしいおっちゃんでよかった、ここにロデニの娘がいたら彼女がチューしてあげたのに。電話をかけるおっちゃん、しかし、首を振り電話を切る。「出ないよ。」




・・・・・・・やっぱりトルコはこれか。ニセのサイトで支払いを済ませてしまったということか。久しぶりのトルコで洗礼を受けたわし、さあどうする。身内びいきかもしれないが、こういうときにめっぽう頼りになるのが夫のりおだ。こういう案件にぶつかっても、あらゆる手を使ってあっという間に問題を解決してくれるトルコ版あばれはっちゃくなのだ。電話をかけて助けてもらおうか、いや、それでははるばる日本からサプライズでやってきた意味がない。とりあえず、だめもとでまた違うレンタカー屋のおっちゃんに聞いてみた。「addCar?聞いたことないなぁ~。バウチャーに電話番号ある?かけたげる。」同じ流れに不安しかない。「あ、もしもし?」電話に出た!!!!「そちらに予約してるジャポンがいるんだけど、おたくの会社、どこ?あぁ、ドカイね。了解~。」

九死に一生を得たジャポンはおっちゃんに深々と頭を下げ、レンタカー屋が並ぶ一番端っこの大手レンタカー屋ドカイのカウンターへ。そこの看板にはaddCarと書かれたちっこいプレートが後付けされていた。トルコ人を全力で疑い、トルコ人に心底感謝した、そんな時間であった。

しかしぼやぼやしてはいられない、ハタをほっぽらかして40分以上経つ。カウンターのおっちゃんに「もう~|!よう見つけられんかったわいね!子供迎えに行ってくるけー登録しといて!」とバウチャーを投げ、国際線へ戻る。


しかし、、、、、ハタがいない!!!!!



続く。







1.お正月を、写そ! in トルコ 


あんたがったどこさ、ひごさ、ひごどこさ・・、って、おねえちゃんが熊本で煮たり焼いたり食ったりしてる間に、まむたんちょっと行ってきました、2018年3月にハタと帰国して以来6年の月日を経て、久しぶりに夫に会いに。あ~あぁ~~、世界のどこかに~、まむたんを~、待ってる~、人がいる~~~。


って、え?このブログ、まだやってたのかって?
今はやりの放置プレイですけど、なにか?




大晦日の午後2時、まむしの戸締りに念には念を入れ、いざ出発。
ド田舎の我が家から徒歩10分のバス停へ→バスで20分の最寄のJR駅へ→JRに10分ほど揺られ広島駅へ→新幹線のぞみ号で新大阪へ(1.5h)→関西特急はるかで関西空港へ(約50分)。

はい、この時点で家を出てからもう5時間が経過しました。お久しぶりぶりの関西空港で、チェックイン。


光るファッションセンス(?)
 
どーも。
令和のモップトップ代表、ハタです(小3)。

前髪が短いと、おぽのだちにいじられるのでどこまでも伸ばします。お風呂上りには鏡を見ながらコームでとかすのが日課。

すでに疲れた感がにじみ出ていますが、大好きな飛行機に乗れるというモチベーションだけが彼を支える。
ラウンジまで遠いのう~と、ふたりでゾンビのように歩いていると、ええもんめっけた!




備え付けのスマホみたいなやつにゲートナンバーを入力すると自動運転で連れてってくれるという優れもの。ここは日本、もちろん無料!意味なく一番遠いゲートを入力して連れてってもらいたくなるのをぐっとこらえて、ラウンジに到着。


目に疲れが出てる・・・

チーズにクラッカーを乗せて爆食いするハタ。スパークリングワインを爆飲みするわし。午後10時、そろそろボーディングタイム。乗り込めーーー!


前は枕とかも選べたのに

今回はこんな席。フルフラットになりますが、シート全体のスペースは狭くなってました。ロデニの娘が言っていたとおりどうやら席数を増やしたらしい。明らかに急に金を持ち始めたであろうあの国の家族たちが終始、品のない大声で話していて全く落ち着かなかった。おめーら飛び降りろ。


kinaishoku1.jpeg

以前のように、ロクムのサービスもなく、選べる枕メニューもなく、子供におもちゃもなく・・・。残念極まりないスタートでかなりのレベルダウンを感じたけれど、シャンパンがわしの大好きなティタンジェでやっほい、もう機嫌なおったもんねー。


kinaishokugnokki.jpeg

ラウンジで食べた焼きそばがまだおなかで存在を主張していたため、メインはお肉は避けニョッキゴルゴンゾーラソースに。見てのとおりの味でした。スペルどおり、愚ニョッキと呼ばせてもらおう・・・。

食後にチーズと赤ワインを飲んでいたら、サービスしてくれていた男性CAがひっそりと”ハッピーニュ~イヤ~・・・。”と言っていたので時計を見るとちょうど0時、年が明けて2024年になっていました。おめでとう。しかしもっと大きな声でみんなでパーーーッと拍手でもすればいいのにね~。想像だけど、エアメキシコとかってすげーどんちゃん騒ぎしてそうな気がする。


オレの空からの年賀状

空の上で撮ったこのお年賀メールを友人たちに送ったり、シーツひいてもらってちょい寝したり、歯磨きしたりしていたら、2回目の機内食、朝食です。


クロワッサン最高!

このあとまだ国内線にも乗るとはいえ現地に着いたらすぐに車の運転があるので、もうお酒はストップ。チャイで朝食です。このクロワッサンがうますぎて、トルコに帰る感が一気にやってきた!ハタといっしょにうまいうまいと爆食い。このあとおおきなオムレツが出て終わり。13時間のフライトもやっとこさ、もうすぐ着陸です。


さすがに疲れも出るわな

さて。巨大化した新イスタンブール空港をひたすら歩き、入国審査を終わらせ、免税店で酒とタバコを買いまくり、ゲートに向かっているとミニゲーセンがあり、時間もあるのでエアホッケーすることに。一回(3分ほど)900円弱取られたんですけど!?トルコの物価高はヤバイよヤバイよとトルコ在住の友らからさんざん聞かされていたとはいえこれほどまでとは・・・。


2024年もみんなよろしく!!

サマータイムが廃止されたトルコでは冬の朝が暗く、元旦の日の出は8時15分すぎ。8時のフライトに乗ると機内食のサンドイッチも待てず秒で落ちたハタ、見れませんでした。雲の上の初日の出はそれはそれはきれいで、すかさずパチリ。あとで見せてあげよう。


そろそろ日本の我が家を出発して25時間が経過。まだまだ着かない。遠いところへお嫁に行ったことを改めて実感した元旦だった。




そういや、トルコに行くこと、夫のりおに言ってないんだよね。

まいっか。



続く。


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