Anything goes

あっぱれ快晴。
去年に引き続き行ってきました大野町。
朝10時におうち出たのに、着いたらすでにものすごい大行列。
朝ザケ朝カキやろうぜ〜なんて考えてたの、わしらだけじゃなかったってこと。

(左)今年も出会えました。相変わらず堂々とした「かきフライ会場」看板。
(右)そして今年、負けじとオーラを放っていたのはこの「ときめきコーナー」。なにゆえ。

(左)さて。まずはビールとかきチャウ(300円)。しかし、しょっぱなからやられた。ぬるい。
(右)汁物でリベンジ。ますやみそさんのかきの土手鍋(100円)。熱い、うまい、でも牡蠣1個。

(左)毎年恒例ワイングラス型プラカップ入りなおみの血、赤ワイン(500円)&チーズ(500円)。
(右)牡蠣フライ(200円)についてくるのは、広島人の血、おたふくソース。

(左)書くから逆にあやしい、“ホントの”生酒(300円)。
(右)牡蠣入りお好み焼き、かわいい名前の「まるやき」。かわいさあまって硬さ100倍。
毎年行くようになったこの牡蠣フェス、とにかく何でもあり、ってのが魅力。

マジックあり、

ロックンロール演奏(スケジュール表記まま)あり、

寅さんがバナナの叩き売りをはじめ、

なぜかわしに赤なまこを大プッシュする男性販売員、

レシピそっちのけで牡蠣に群がるゾンビに、はぶて気味の料理研究家小出先生、

大ピンチで献血、

焼くのがめんどくさくなったのか、客に焼かせるセルフ焼き牡蠣、

そして帰り道見つけた、大量の殻。
って、牡蠣じゃなくてほたて。わしらが食べたのはほたてだったのか・・・。
キツネにつままれたような、そんな牡蠣フェスでした。
↑
なんと、こんな動画を発見。この音楽をあてはめるセンス、最高!
(びっくり。後ろ向きに映っている「矢沢魂」、なんと知り合いだった。)
ノブさんとの思い出
2005年6月某日、玉乃玉関からある情報が入った。
「アメリカから来た寿司職人が、カリフォルニアロールのお店を作るらしい。ごっつぁんです。」
お気に入りだったオイスターバーだって1年でつぶれたこの広島に、
まさかそんなお店ができるとは。
ニューヨークの食通の間では知らない人はいない、あのロバート・デ・ニーロとノブ松久氏との
共同経営レストラン『NOBU』と同じ店名というのも気になっていた理由のひとつ。
しかしそこは経済レポートなる冊子からの宣伝情報、鵜呑みにしてがっかりするのもしゃくだし、
過大な期待は禁物と言い聞かせながらも内心楽しみにしてお店に着いた。
しかし、まだお店はオープンしていなかった。
フライングしたわしらの熱はなぜか冷めることなく、
1週間持ち越し再度チャレンジすることとなった。
『CREATIVE SUSHI NOBU』
ビルの奥まった場所にある扉を開けると、光るカウンター、蛍光きみどりの壁、コンクリート打ちっぱなしの厨房。お寿司屋さんとは思えないデザインの店内にわくわくしつつカウンターを見ると、ロシアから来た格闘技家のような男性が立っていた。
それがノブさんだった。
握りやおまかせの創作おつまみ、レインボーロール、ドラゴンロール、アナコンダロール、キャタピラロール、ボルケイノ・・・。
どれもおいしく美しく、わしらはあっという間にNOBUのとりこになった。
中でも、海苔を土台にしたスシピッツァはわしらの大のお気に入りで、よくあつあつをほおばった。あつあつすぎてよく天井がべろんした。
横浜生まれのノブさんは、幼い頃に家族と共にアメリカに移住した。個人的な性格も手伝ってかその感覚は明らかに一風変わったところがあったのだが、それゆえにわしらはノブさんのことが大好きになり、ノブさんもわしらとよく遊んでくれた。ノブさんの酒の飲みっぷりは凄まじく、アルコール濃度なんておかまいなしのスプリンタースタイルに、わしらも追いつけ追い越せ精神で臨んだ。
今はなきE−4というスペインバーで飲んだり。
ホルモン天婦羅とでんがく汁で飲んだり。
かき船かなわのお座敷ビアガーデンで飲んだり。
カラオケでノブさんの歌うガンズを聞いて飲んだり。
西条酒まつりでいっしょに飲んだり。
ソレイユのキリンビアパークのビアガーデンで飲んだり。
でもノブさん来なかったり。
(「ソレイユにはいるんだけど、ちょっと行けそうにないんだよね。代わりにうちのスタッフに行け!っつっといたから!」言いだしっぺのノブさん、まさかのぶっち。てかソレイユおるんなら来てよ。)
去年の秋頃。だんだんと上手になった広島弁で「もしかしたらアメリカに行くかもしれん」とノブさん。最初聞いたときは悲しくて悲しくてしょうがなかった。玉乃玉関、ガンジー社長、みっむー、すぱな&れんち、ロデニの娘、かつら子夫妻、nitro・・・・、いろんな人を誘って行った思い出いっぱいのわしらの隠れ家。でもどうしてもノブさんが必要で呼ばれているとのこと、世界レベル(事実ノブさんのご両親はLAでハリウッドスター御用達のスシレストランをご経営されておる)のノブさんの料理・・・、それならば応援してあげるべきなのだ、と己に言い聞かせ、彼にエールを送った。「お別れ会絶対しようね!また、たかまでホルモンとでん汁食べようね!」と言うと「行く前には絶対連絡しますよ!」と言っていたノブさん。しかし、去年の12月。NOBUに行くと突然お店はたたまれており、ノブさんのケータイも解約されていた。
相変わらずのマイペースっぷり、それがノブさんだと
わかっちゃいるけどなんだかさみしいじゃんか、
ノブさん・・・。そんなある日。稽古中の玉乃玉関の
ケータイに、公衆電話から留守電メッセージが
残っていた。「もしもしー、ノブですー。
今、成田ですー。今からアメリカに行きますー。
オチャメのサイトにでもメール下さい。
まむしさんにもヨロシクー。それじゃ!」
彼の「行く前に連絡する」とは、
本当にアメリカへ飛ぶ直前の連絡であった。
そんなこんなで、今年の7月で5周年を迎えるはずだった『NOBU』は、あっさりと閉店した。ノブさんがお寿司伝道師として逆輸入されたレストランO Chame(オチャメ)は、カリフォルニアはバークレーにある。偶然にもわしが一時期少しだけ住んでいた町。サイトを見てみると、サンフランシスコクロニクル(地方紙)でもベスト100に入る評判のレストランであった。今ごろ、あのバークレーで頑張っているんだなぁと思うと、なんだか不思議。
そうだ!メールしてって言ってた!メールしよう!と思いサイトを調べたが、O Chameのサイトにはメールフォームなどなかった。
「2年後には広島帰ってきて、またおもしろいお店作りますよ!」
そう言っていたノブさんの言葉も、あまり信じてはいけないような気がしてきた。
ま、そのときはアメリカに会いに行けばいいか。
と思うけど、行っても、もうおらんような気がする。
それがノブさん。
「アメリカから来た寿司職人が、カリフォルニアロールのお店を作るらしい。ごっつぁんです。」
お気に入りだったオイスターバーだって1年でつぶれたこの広島に、
まさかそんなお店ができるとは。
ニューヨークの食通の間では知らない人はいない、あのロバート・デ・ニーロとノブ松久氏との
共同経営レストラン『NOBU』と同じ店名というのも気になっていた理由のひとつ。
しかしそこは経済レポートなる冊子からの宣伝情報、鵜呑みにしてがっかりするのもしゃくだし、
過大な期待は禁物と言い聞かせながらも内心楽しみにしてお店に着いた。
しかし、まだお店はオープンしていなかった。

フライングしたわしらの熱はなぜか冷めることなく、
1週間持ち越し再度チャレンジすることとなった。
『CREATIVE SUSHI NOBU』
ビルの奥まった場所にある扉を開けると、光るカウンター、蛍光きみどりの壁、コンクリート打ちっぱなしの厨房。お寿司屋さんとは思えないデザインの店内にわくわくしつつカウンターを見ると、ロシアから来た格闘技家のような男性が立っていた。
それがノブさんだった。
握りやおまかせの創作おつまみ、レインボーロール、ドラゴンロール、アナコンダロール、キャタピラロール、ボルケイノ・・・。
どれもおいしく美しく、わしらはあっという間にNOBUのとりこになった。
中でも、海苔を土台にしたスシピッツァはわしらの大のお気に入りで、よくあつあつをほおばった。あつあつすぎてよく天井がべろんした。
横浜生まれのノブさんは、幼い頃に家族と共にアメリカに移住した。個人的な性格も手伝ってかその感覚は明らかに一風変わったところがあったのだが、それゆえにわしらはノブさんのことが大好きになり、ノブさんもわしらとよく遊んでくれた。ノブさんの酒の飲みっぷりは凄まじく、アルコール濃度なんておかまいなしのスプリンタースタイルに、わしらも追いつけ追い越せ精神で臨んだ。今はなきE−4というスペインバーで飲んだり。
ホルモン天婦羅とでんがく汁で飲んだり。
かき船かなわのお座敷ビアガーデンで飲んだり。
カラオケでノブさんの歌うガンズを聞いて飲んだり。
西条酒まつりでいっしょに飲んだり。
ソレイユのキリンビアパークのビアガーデンで飲んだり。
でもノブさん来なかったり。
(「ソレイユにはいるんだけど、ちょっと行けそうにないんだよね。代わりにうちのスタッフに行け!っつっといたから!」言いだしっぺのノブさん、まさかのぶっち。てかソレイユおるんなら来てよ。)
去年の秋頃。だんだんと上手になった広島弁で「もしかしたらアメリカに行くかもしれん」とノブさん。最初聞いたときは悲しくて悲しくてしょうがなかった。玉乃玉関、ガンジー社長、みっむー、すぱな&れんち、ロデニの娘、かつら子夫妻、nitro・・・・、いろんな人を誘って行った思い出いっぱいのわしらの隠れ家。でもどうしてもノブさんが必要で呼ばれているとのこと、世界レベル(事実ノブさんのご両親はLAでハリウッドスター御用達のスシレストランをご経営されておる)のノブさんの料理・・・、それならば応援してあげるべきなのだ、と己に言い聞かせ、彼にエールを送った。「お別れ会絶対しようね!また、たかまでホルモンとでん汁食べようね!」と言うと「行く前には絶対連絡しますよ!」と言っていたノブさん。しかし、去年の12月。NOBUに行くと突然お店はたたまれており、ノブさんのケータイも解約されていた。

相変わらずのマイペースっぷり、それがノブさんだと
わかっちゃいるけどなんだかさみしいじゃんか、
ノブさん・・・。そんなある日。稽古中の玉乃玉関の
ケータイに、公衆電話から留守電メッセージが
残っていた。「もしもしー、ノブですー。
今、成田ですー。今からアメリカに行きますー。
オチャメのサイトにでもメール下さい。
まむしさんにもヨロシクー。それじゃ!」
彼の「行く前に連絡する」とは、
本当にアメリカへ飛ぶ直前の連絡であった。
そんなこんなで、今年の7月で5周年を迎えるはずだった『NOBU』は、あっさりと閉店した。ノブさんがお寿司伝道師として逆輸入されたレストランO Chame(オチャメ)は、カリフォルニアはバークレーにある。偶然にもわしが一時期少しだけ住んでいた町。サイトを見てみると、サンフランシスコクロニクル(地方紙)でもベスト100に入る評判のレストランであった。今ごろ、あのバークレーで頑張っているんだなぁと思うと、なんだか不思議。
そうだ!メールしてって言ってた!メールしよう!と思いサイトを調べたが、O Chameのサイトにはメールフォームなどなかった。
「2年後には広島帰ってきて、またおもしろいお店作りますよ!」
そう言っていたノブさんの言葉も、あまり信じてはいけないような気がしてきた。
ま、そのときはアメリカに会いに行けばいいか。
と思うけど、行っても、もうおらんような気がする。
それがノブさん。
AVATAR
わしの2010年、ちょっとミーハーですが「アヴァター」でスタート。
なんとなく気になっていたのでどうせなら映画館で。
ネットでドリンク付きプレミアシートを予約し、ワーナーマイカルシネマズまで行ってきました。
ちなみに年末は、横川シネマで韓国映画「母なる証明」。
電車が通るとガタンゴトンとうるさく、暖房が効かないので寝たらあぶないほど寒く、
お座布団が置いてあってなんだか我が家、な横川シネマ。
ミニシアターで見るコアな韓国映画もなかなかおつなものです。
ワーナーマイカルに着き、わくわくしながらカウンターでドリンクをもらおうとしたら、
付属のドリンクチケットではソフトドリンクしか選べないというではないか。
差額払うからビールにしてくれ、と言ってもバイトのおねえちゃん「聞いてません」の一点張り。
お前はダチョウ倶楽部か!
しかたなくドリンク券をポッケにねじ込み正規金額でビールを購入。
おまけに、わしの頭から湯気が見えて動揺したのか、ポップコーンバターって頼んだのに、
ロボットみたいに「ハイポップコーン塩デスネ」だって。
「バターだよ」っていうと、ハッッッ!!!みたいな顔して何度も何度も謝ってた。
そんな風にされると、わし悪い人みたいだからやめてってば。
ワーナーマイカルさん、ドリンクのシステム、なんとかならないもんですかね。
さて、映画アバターについて。
ネットでちょこっとトレイラーを見て行ったので、なんとなくのストーリーは知っていたのだけれど、
この「未開の地で土地や鉱物を狙い先住民を迫害する」っての、
アメリカ人にとってはタブーなアーティクルなのではないか。
監督のジェームズ・キャメロン氏、構想に14年かけたというからには、
やはり描きたかったテーマなのだろうけれど、なんとなく複雑な気持ちになった。
しかし先日、とあるニュースを見てまたびっくり。
キャメロン氏の次なる映画の題材はなんと「原爆」。
8月6日広島で被爆し、3日後の8月9日長崎で二重被爆をしたという、
これ以上ないほどの壮絶な人生を送られた方からの手紙を受け取ったキャメロン氏。
来日の際、入院中の彼を訪ね「核廃絶のため、思いを受け継ぎます」と堅く握手を交わした。
アバターにしても、あえて挑んだ内容だったのかと納得がいった。
その彼からの手紙の内容が作品の内容を決定付けるものになるらしいけれど、
見てみるまではなんとも言えない。
やはり「戦争を終わらせるには仕方のないことだった」という風な結末に持って行くのだろうか。
見たいような、怖いような、ちょっぴり複雑な心境です。
ちなみにこのアバター。
なんやかんや言われてますが、結構みんな観に行って、結構みんな泣いとるらしい。
おもろいのは、見た人によってその「泣き」のシーンがばらばらという。
すぱな&れんちも観に行ったというので、どこが「泣き」だったか聞いてみた。
わし=ジェイクがナヴィの仲間入りを認められ、ナヴィに取り囲まれみんなが肩を持って繋がったところ。
すぱな=ネイティリのパパが死んでしまったところ。
れんち=戦いも終盤、もういよいよナヴィが負けてしまう!という時、でっかい黒サイが現れてはちゃめちゃしてくれたところ。
(↑なぜここで泣ける!!?)
田舎に泊まろう
豪華絢爛大旅館に用はない。
ラスベガスに行ったなら、そりゃもちろんピラミッドに泊まりたい。
しかし、日本の温泉旅館に近代的設備も華美な装飾もいらんのだ。
キーワードは「こじんまり」。

のんびり運転すること1時間半。
湯来(ゆき)温泉のある湯来町はなんとも風情ある景色で、
まんが日本昔ばなし気分にずっぷしひたれる広島の奥座敷。
湯来温泉には4件のお宿があり、今回お邪魔したのは「藤乃家」さん。
4件中1番小さなお宿で、こちらに泊まるのは実は2回目。
ということは、もう我が家同然。

ただいまー。
案内されたのは「せせらぎ」の間。
その名の通り川沿いに位置する一番寒い、
いや、せせらぎがゴウゴウとやかましい、
いや、えーーーと・・・、
ほそなが〜いお部屋だったお。
避難経路図で旅館全体の造りを見てみたら、一番広いお部屋だった。
・・・別に、こじんまりでいいのに。
部屋の隅っこには、怨念を感じる古い木の鏡台。
見た目は純和風だけど、聖書どこかな〜・・・と、引き出しを開くと、
ほそーいクシが2つ・・・。サダコ、忘れて行ったんか。
さ、ひさしぶりのおこたでほっこり、なんて思ったけど、
時間はすでに夕方5時。
風呂ーーー!

寒い廊下をビニールのスリッパでぺたぺたと早歩き。
露天風呂への扉を開くと、もう外。
手前が男湯。奥が女湯。
わしは立派なおっさんなので、もちろん男湯へ。

山際に造られた、藤乃家さんご自慢のワイルド露天風呂。
今回、お湯自慢の島根県の岩武荘さんとどちらにしようか迷ったのだけど、
あちらは冬は露天風呂にお湯を張らないので、藤乃家さんに軍配が上がった。
もうだめ。この気持ちよさは、言葉では言い表せません。
ちなみに、にやにやしながら女風呂をのぞいてみたが、
誰もおらず、立派な岩風呂がちょっぴりさみしそうに見えた。

お楽しみの晩ごはん。
お食事は「せせらぎ」ではなく「すみれ」に用意されてた。
すみれちゃん、かなりのこじんまりさで居心地バツグン。
明らかにサイズ違いのおこたの板、その上いっぱいに用意されたおおごっつぉー。
食後はひっくり返してマージャン、が正しい使い方。

どこそこの高尚なお宿と違い、お品書きなんつーしゃれたもんなんかありゃーせん。
これ、なんじゃろ・・・、と恐る恐る口にするのもまた一興。
しかし、どれも素朴な田舎料理でいい。
我が家では川魚禁止法が布かれておるので、
あまり食べることはないこういう魚。
ちょっと勇気いったけど、このなんか塩焼きみたいなやつ、すごくおいしかった。
奥は大根の味噌田楽。硬くて箸が折れました。

こちら湯来名物「山ふぐ」。お刺身こんにゃくをふぐに見立てたもの。
一体どれだけ酔っ払えばこれがふぐに見えるのか。

なんてこたーないお酒のひやを2合とっくりで3本ほど飲んだのだけど、
まだ足りなかったので冷蔵庫の中の八幡川大吟醸(300ml)に手を出した。
翌日お会計を見ると、
普通のお酒(2合)1本=1,120円
八幡川大吟醸(300ml)1本=600円
湯来温泉に七不思議があるとするならこの価格設定。

翌朝。
常に貸切の露天風呂。
いや、実のところ宿自体が貸切だったのだが。
のんびり朝風呂につかって、ぽや〜んとしていたら、
後ろでガサガサッッッ!!!という音が。
雪でもとけて落ちたのかな〜、と振り返って山を見たら、
猿が大根くわえてのっそりのっそり通り過ぎていった・・・。

朝ごはんは、こういったシンプルなので十分。
あえて言えば、お米がおいしかったので生卵でたまごご飯したかった。
次回はチェックイン時にリクエストしてみよう。
あるいは持参。(かばんの中で割れとった、いうオチで)

おこたに入り、お湯にふやけ、川魚でイッパイやり、猿との遭遇におののき、
楽しい時はあっという間。そろそろチェックアウト。
帰りには、藤乃家さんの玄関横にいらっしゃる「お叶う様」にご挨拶。
その名前からしてかなりの自信家とみた。
いろいろお願い事をしたら、さあ出発。向かった先は、

「コーヒーハウス咲く咲く」。
藤乃家さんから車で5分ほどのところにあるこちらで、
翌朝コーヒーを飲もうと決めていたのだ。
またもやわしのワンウェイツージョブ方式が炸裂。
ログハウスの扉を開けると、

中央の蒔ストーブを取り囲むように、カントリー調の重たそうなウッドファニチャーがずらり。
窓際の、日光が燦々と当たるテーブルに座る。

カフェオレと抹茶のシフォンケーキ。デザートは全て女性オーナーの手作り。
ほんわかとしたやさしそうなお方で、
旅の締めくくりにふさわしいのんびり感を味わえた。
のも束の間、咲く咲くさんの目の前で発見・・・、

うわさのこんにゃく道場!!!
ラスベガスに行ったなら、そりゃもちろんピラミッドに泊まりたい。
しかし、日本の温泉旅館に近代的設備も華美な装飾もいらんのだ。
キーワードは「こじんまり」。

のんびり運転すること1時間半。
湯来(ゆき)温泉のある湯来町はなんとも風情ある景色で、
まんが日本昔ばなし気分にずっぷしひたれる広島の奥座敷。
湯来温泉には4件のお宿があり、今回お邪魔したのは「藤乃家」さん。
4件中1番小さなお宿で、こちらに泊まるのは実は2回目。
ということは、もう我が家同然。

ただいまー。
案内されたのは「せせらぎ」の間。
その名の通り川沿いに位置する一番寒い、
いや、せせらぎがゴウゴウとやかましい、
いや、えーーーと・・・、
ほそなが〜いお部屋だったお。
避難経路図で旅館全体の造りを見てみたら、一番広いお部屋だった。
・・・別に、こじんまりでいいのに。
部屋の隅っこには、怨念を感じる古い木の鏡台。
見た目は純和風だけど、聖書どこかな〜・・・と、引き出しを開くと、
ほそーいクシが2つ・・・。サダコ、忘れて行ったんか。
さ、ひさしぶりのおこたでほっこり、なんて思ったけど、
時間はすでに夕方5時。
風呂ーーー!

寒い廊下をビニールのスリッパでぺたぺたと早歩き。
露天風呂への扉を開くと、もう外。
手前が男湯。奥が女湯。
わしは立派なおっさんなので、もちろん男湯へ。

山際に造られた、藤乃家さんご自慢のワイルド露天風呂。
今回、お湯自慢の島根県の岩武荘さんとどちらにしようか迷ったのだけど、
あちらは冬は露天風呂にお湯を張らないので、藤乃家さんに軍配が上がった。
もうだめ。この気持ちよさは、言葉では言い表せません。
ちなみに、にやにやしながら女風呂をのぞいてみたが、
誰もおらず、立派な岩風呂がちょっぴりさみしそうに見えた。

お楽しみの晩ごはん。
お食事は「せせらぎ」ではなく「すみれ」に用意されてた。
すみれちゃん、かなりのこじんまりさで居心地バツグン。
明らかにサイズ違いのおこたの板、その上いっぱいに用意されたおおごっつぉー。
食後はひっくり返してマージャン、が正しい使い方。

どこそこの高尚なお宿と違い、お品書きなんつーしゃれたもんなんかありゃーせん。
これ、なんじゃろ・・・、と恐る恐る口にするのもまた一興。
しかし、どれも素朴な田舎料理でいい。
我が家では川魚禁止法が布かれておるので、
あまり食べることはないこういう魚。
ちょっと勇気いったけど、このなんか塩焼きみたいなやつ、すごくおいしかった。
奥は大根の味噌田楽。硬くて箸が折れました。

こちら湯来名物「山ふぐ」。お刺身こんにゃくをふぐに見立てたもの。
一体どれだけ酔っ払えばこれがふぐに見えるのか。

なんてこたーないお酒のひやを2合とっくりで3本ほど飲んだのだけど、
まだ足りなかったので冷蔵庫の中の八幡川大吟醸(300ml)に手を出した。
翌日お会計を見ると、
普通のお酒(2合)1本=1,120円
八幡川大吟醸(300ml)1本=600円
湯来温泉に七不思議があるとするならこの価格設定。

翌朝。
常に貸切の露天風呂。
いや、実のところ宿自体が貸切だったのだが。
のんびり朝風呂につかって、ぽや〜んとしていたら、
後ろでガサガサッッッ!!!という音が。
雪でもとけて落ちたのかな〜、と振り返って山を見たら、
猿が大根くわえてのっそりのっそり通り過ぎていった・・・。

朝ごはんは、こういったシンプルなので十分。
あえて言えば、お米がおいしかったので生卵でたまごご飯したかった。
次回はチェックイン時にリクエストしてみよう。
あるいは持参。(かばんの中で割れとった、いうオチで)

おこたに入り、お湯にふやけ、川魚でイッパイやり、猿との遭遇におののき、
楽しい時はあっという間。そろそろチェックアウト。
帰りには、藤乃家さんの玄関横にいらっしゃる「お叶う様」にご挨拶。
その名前からしてかなりの自信家とみた。
いろいろお願い事をしたら、さあ出発。向かった先は、

「コーヒーハウス咲く咲く」。
藤乃家さんから車で5分ほどのところにあるこちらで、
翌朝コーヒーを飲もうと決めていたのだ。
またもやわしのワンウェイツージョブ方式が炸裂。
ログハウスの扉を開けると、

中央の蒔ストーブを取り囲むように、カントリー調の重たそうなウッドファニチャーがずらり。
窓際の、日光が燦々と当たるテーブルに座る。

カフェオレと抹茶のシフォンケーキ。デザートは全て女性オーナーの手作り。
ほんわかとしたやさしそうなお方で、
旅の締めくくりにふさわしいのんびり感を味わえた。
のも束の間、咲く咲くさんの目の前で発見・・・、

うわさのこんにゃく道場!!!






